くそ雑記

継続で未来に立ち向かえ

三段噺

昨日の文はどこか読みにくかった。反省している。図書館の話をしようと力むばかりに、話題の導き方を失敗していた。ちなみに昨日の話の続きをすると、市外からの本の受け取りはできた。そこで、貼りだされている紙の日付が誤っているのだと解釈して、もう通わない。直接カウンターに訪ねる選択肢が浮上しなかったので、このまま別の図書館へ通って凌ぐことにする。

 

はあ、ええ、以下に何を書くかを決めていないのですよ。手が止まっています。眠れなくて書いた三段噺になれなかった文章でも貼りますかね。

 

モルモット
バトルドーム
精神異常

しあわせの言葉で自分を騙して生きていける、想像力の残高がほしい。

1、土
母がチューリップを育てていた。いつの間に植えたのか、知らない。見てみるように母に声を掛けられたとき、花は数日もしない内に咲きそうになっていた。茎が短くてちんちくりんなバランスのチューリップが、今は五輪ほど開いている。全て白い花びらだった。
自分が育て始めたのじゃなくてよかったと思う。もし、球根を埋めたのが自分だったらと考えると、望まれる「普通」の将来は見えない。脅しているわけじゃない。私の手にかかれば、私の適度な責任感により、咲く花も咲かない。これは、予想される事実である。
植物なら二度殺した。水をやらずに枯らした。死んでゆく植物の叫びも泣き声も聞こえず、恨む植物の夢を見ることもなく、鈍感に私は生きている。いつも被害者でしかないと思い込んだ顔を晒して、呼吸している。そうして加害できる私は思う。人間に、水をやらなかったら枯れるのか。枯れるのならば、今度は殺人者になる。法に抵触し、罰則を受ける規定がこの身に降りかかる。
その晩は頭痛がしていた。常々なぞっては安心を確認する思想に懲りずに手を触れる。ああ、今日も、明日を疎んでいる。息を吐く。

2、剣
競争には疲れた。恵まれた者の望みは総じて贅沢なのだろうけれどね、指摘して贅沢な悩みだねなんて言われたら、私はお前と同じ形をしている全てが嫌いになるよ。…もう、嫌いだったか。嫌いだわ。
戦わないで生きていきたい。競り合いの無い日々に浸って溺れたい。ただ呼吸に徹することを、何よりも誉めてほしい。あらゆる序列を別世界の事象と、布団の中から観察していたい。生きることさえ淘汰なら、その生きることを…。
何をしても、しなくても、自分は序列の中にいる。資格を取ろうと奮起すれば順位が上がる。外に出たくない、誰とも分かりあえないと塞ぎ込んだら順位が下がる。私は極めて底辺のところで、ブルブル震えて順位を二転三転させているのだよ。順位と年収は、殆ど相関関係にある。私の年収は零だからね。無いんだ。与える順位もないと背中を蹴られて、圏外に手を付くことを幻視する。いっそ、気が違えば楽になるだろうと夢を見るのと変わらない。
「それでも今かじりつこうとしているのは何なのだろう」
ごちたところで誰にも応答は貰えないと知っている。返事があるならコメディと化す。それは創作だ。都合のいい言葉を放つ存在の捏造、伴う虚しさに私は耐えられなくなったよ。それなのに、ペンを握ったまま離せない。してやられたよ、創作に。体内から出たという差で、しかし他人の誰にも伝わらぬ点で等しい愚痴を蓄積するしか能がない。せめて自身が認めたい。
己が救いとならんことを。
序列の中から抜け出せない者にできることは、見えている前の人間の背中に、別の景色を重ねることだ。序列という現実を忘れろ。これでもかという程、自分を寵愛したっていいじゃないか。いつか、自分大好きビームが、序列の観念を破壊する日が来るのなら、私は掌に貼り付いたこのペンを、握り締めて笑うことにする。

3、躁
他人をじゃがいもと思え、という作法がある。含意はわかるが、じゃがいもに思えたことがない。記憶に納められたじゃがいものビジョンを、視界に映る全ての人間の頭部とすり替えるのには、これはかなりの集中力が要されると思うのだ。きちんと他人がじゃがいもに見えているひとを知りたい。これはじゃがいもでなくても、猫でもトマトでも石つぶてでもなんでも構わない。人間の顔パーツを隠せる修正を施せる力は、少々羨ましい。
人間には目がある。目を見て話せ、というフレーズは蔓延している。しかし、立ち止まれ。本当に相手の目を直視できる人間が幾らいるのか。他人の双眸は太陽に類似し、見ると生体に支障を来すものである。太陽の直視は視細胞を破壊するそうだが、他人の目の直視は精神の安定性を破壊する。何かがとても怖い。何を怖がっているのか判然としない。直感的に恐怖を抱くので、言語化を試みたことがなかった。今ここで、考えてみる。例えるなら、夜、窓の外から何かに見られているのを想像したときの寒気に似ているか。自分の顔が映るほど暗い窓の硝子の向こうに、得体の知れない何某かが居て、自分を見ていたと、仮定したときの悪寒。たしかに、似ていると言えそうだ。他人の目はあまりに獰猛であるという結論で締める。
他にも生身の他人の恐怖箇所はあるが、今回はここで終わる。三段噺を書こうとしたのが、こんなことになった。下手くそ、精進せよ。